Res98 引用 |
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初めまして。おたまと申します。先日やっと2をクリアしました。 2年も経過しているのに重箱の隅をつついて我ながらどうかと思いますが…。
3220のシュレーディンガー様のご説明、
>「猫が生きているか、死んでいる確立は50%」(量子が発生する/しない確立)
「確率」の誤植ですよね?(汗) 「確立」だったら必死こいて子供向け量子論入門書(爆)を紐解いた苦労が 水の泡…何も解ってねぇじゃん私。
「猫」の思考実験自体が「観測により収縮・決定されるまで量子の有無が 重なって存在する」コペンハーゲン解釈に対して、 「じゃあその有無=猫の生死とすると、フタ開けるまで生死両方の猫の状態が 重なってて、開けた途端に生死が決まるって事になるっすよ。おかしくね?」 という批判を含んでいたんですよね。 (観測されるまで猫の生死は「分からない」というより「決まっていない」)
コペンハーゲン解釈の「波動収縮」もシュレーディンガー方程式からは 導き出せないと数学的に証明(したのがあのノイマンだとは…)されたため、 収縮を使わない考え方として発案されたのが「多世界解釈」だそうですが。
もし多世界解釈を採るなら「猫(箱)の中身がリアルサーフだった」 世界も存在してしまうんですね。地球滅んでるやん。 しかも「一度分岐した世界は同じ状態にならない限り干渉できない (スリット通過した電子の位置を観測してしまうと干渉縞がでない)」から、 その世界を救いに行く事もできない…のでしょうか?
しかし1・2を通して演出上はあの猫はむしろ「観測する側」だったような。 だとすると一種の皮肉か反語としての命名なのかもしれませんね。 (「あなたはわたし わたしはあなた」=「観測する側は観測される側」ということで)
いや、勝手な妄想を長々と失礼致しました。
ついでに。 「神はサイコロなんか振らない」のが古典物理学者。 「神は誰も見ていない所でサイコロを振る」のが現代物理学者。 「神がスクリーンの陰で振ったサイコロは見ないふりをしてあげる」のがTRPGゲーマー。
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